花と季節の散策

季節の散策時の花、旅、風景などを綴ります

宇都宮 の大仏

宇都宮市の大仏様を紹介 してみよう!

    何か大仏というと、奈良の大仏を思い出しますが、この大仏は小さなものです。しかしその歴史がすごいので、何もない県「栃木、群馬、茨城」として、少しでも宣伝紹介になればということで、ここで紹介したいと思っているのです・・・三粒のまめが、何と言ってもこの大仏様のきもです・・・・まあ、言ってみれば観光の紹介でも言うでしょうか・・・少しお付き合いください!

これは宇都宮駅の西南部にあって、駅前を通過する田川の縁にあるお寺善願寺の境内にあります。 また、この場所が、柳瀬と呼ばれる地域で、石井街道が通過する場所です。 しかし気をつけてみないとこの仏像は見ることが出来ないのです。 

    宇都宮市の中に大仏様が鎮座しておられると聞いて、分かる人は多分少ないと思います。 しかし、そうした大仏が、お寺にあるのです。 実際、自分でも昔親に連れられて、大工町の方にバスで買い物に行ったことを思い出すのです・・・すると、ある時、思いもよらない大きな大仏様が、道から見えたのです。 これを、数年に一度でしょうか・・・思い出しては、あれは何処だったのだろうと、思い出すのが常だったのです。 当時は、大豆三粒の金仏 というようなことは全く知らず、寺にあるお参り用の大仏だろうと思っていたのですが子供心に考えてみると、かなり意外なものがあの近く・・・田川の近くにあるということだけが、脳裏をかすめたのです。

    ★写真説明「下の写真をよく見ると、周辺は、大きなビルとか、建物でかなり囲われているのがわかります・・・昔は、こんな建物はなかったのでもっと広い場所にあったようなきがするのですが、これも時代の経過ということなのでしょう・・・・今も変わらず宇都宮を見守ってくれているのでしょう・・・」

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    wikipediaによれば・・・

銅造盧舎那仏坐像は宇都宮市の指定文化財である。1735年(享保20年)に善願寺を中興した第12世の栄鈷上人の発願によって建立された。像の高さは3.6メートル、台座の高さは1.6メートル。善願寺の盧遮那仏は法界定印を結んでいるが、釈迦を盧遮那仏と考える立場で造られた。10枚の蓮弁のうち5枚に次の銘が陰刻されている。

由来は1720年(享保5年)と翌年に江戸の火事が起こり、栄鈷和尚が大仏を造る発願をした。資金が不足して困っていた時、善願寺に行脚僧の円淳が訪れた。栄鈷和尚が円淳に願いを打ち明けて相談すると円淳は3粒の大豆を取り出して「これを境内に蒔いて実った大豆を多くの人に分けて増やしてゆけば、やがて資金が得られるだろう」と教えて喜捨した。栄鈷和尚と弟子の貫栄はすぐに実行し10年後に大仏を造ることができた。

 と記されています。

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     いずれにしても素晴らしい文化財であり、’大豆三粒の金仏’と呼ばれているそうです。
ここは昔は、田川が氾濫して、良く水が出たところですが、その直ぐ側にあります。丁度押し切り橋から南に一本目の石井街道沿いと言うことです。 おおかたの人はこんな所に・・・驚いたと言う事になるのでしょう。

     また、この他に宇都宮市では、釈迦の骨が実際に納められている場所が、富士見ヶ丘の近くの山頂にあります。 この山は、水道山と呼ばれておりその丁度裏側です・・・興味がある方は、そちらも訪れて見る価値があります・・・「仏舎利塔」・・・と呼ばれております。 「仏舎利塔2」

 

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と言うものです。 ここは、関東のふれあい道路となっており、富士見ヶ丘団地の中にあり、水道山と一緒にハイキングに適した場所です・・・と紹介しておきましょう

   以上、大仏と、仏舎利塔を、紹介してみました・・・